集団災害訓練  =プレホスピタルにおける本格的救急処置訓練とトリアージ=

プレホスピタル・ケア 1998年 7月号 東京法令出版


 はじめに
 大きな被害と多くの傷病者をもたらした阪神淡路大震災以来、災害対策として、集団災害訓練が各所で行われている。しかし、言葉は悪いが極めて形式的なものが多い。
 通常消防機関等で行われる訓練では、例えば大腿骨骨折と書かれたプレートを首から下げた傷病者を、それこそマニュアル通りに予定された処置をし、搬送だけしているというのが現状ではないだろうか。そのため、訓練の内容は傷病者に必要な観察や処置といった、医療面から見た部分が軽視されたものとなっている。その部分は災害対策全体から見れば一部にすぎないものの、非常に大切な位置を占めているといえる 1)。
 それでは、本当の意味で集団災害訓練というものはどういうものでなければならないのか。今回、岐阜県中濃消防組合管内で従来の「見せるための展示訓練」ではなく、医療面から見た部分を交えた、より実践的な集団災害訓練を行ったのでここに紹介する。

 訓練の概要
1 訓練想定
 岐阜県関市、長良川鉄道第2富士塚踏切で一旦停止した乗用車に、後続のタンクローリーとマイクロバスが追突。軌道内へ押し出された乗用車にレールバスが衝突し各車両から多数の傷病者が発生した。傷病者を救出後、タンクローリーから移送中の危険物が流出し火災が発生した。
 また、傷病者のうち1名は重篤で市内の病院では収容できないため、県防災ヘリコプターを要請した。
2 傷病者
 傷病者はリアルさを演出するため、消防職員や支援団体等の協力者60名に対して外傷キット(図1)を用い、重症度に相応する扮装をしたうえに細かな演技指導を行った。例えばバイタルサインは、本人そのままの場合と、救助者が橈骨動脈を触れたときには「触知不能」と言ったり、また回数等を伝え、血圧測定をすればその際に数値を言うといったマニュアルを作成し、各自それらしく傷病者になりきった。
図1戦傷模型(米国製)
3 準備
 あらかじめ傷病者の負傷状況、重症度と人数を設定し 2)、傷病者役の者に演技指導を行った。なお、訓練参加者には一切傷病程度や傷病者の人数等は知らされていない(表1)。

表1 傷病程度表

想定傷病程度
想定区分
外傷キット(戦傷模型)取り付け者/想定傷病名と症状
絶望的重篤群
開放性脳挫傷・CPA
要緊急治療群
大腿骨開放性骨折・外傷性ショック
要緊急治療群
急性硬膜下血腫・頭部挫創
要緊急治療群
腹部外傷・腸管脱出・手掌部挫創
要緊急治療群
外傷性ショック・下腿骨開放骨折・外傷性消化管穿孔
要緊急治療群
頸椎骨折・外傷性ショック・全身麻痺
要緊急治療群
骨盤骨折・外傷性ショック・頭部挫傷・前額部挫創
非緊急治療群
下腿骨開放骨折・前腕部剥皮創
非緊急治療群
下腿骨開放骨折
非緊急治療群
大腿骨開放骨折
救急搬送不要群
上腕部開放骨折
救急搬送不要群
前腕部剥皮創
救急搬送不要群
手背部挫創
救急搬送不要群
手背部挫創
救急搬送不要群
手掌部挫創
救急搬送不要群
その他45名は主訴のみ


4 訓練日時
 平成10年2月24日(火)14時15分〜15時45分 天候・雨

 訓練の状況
 14時46分事故発生、タンクローリーの運転手が発煙筒を点火し踏切内で乗用車が立ち往生している旨を知らせるが、列車レールバスが乗用車に衝突、多数の傷病者が出ていると近くの仮設公衆電話から119番通報する。あらかじめ付近に待機していた救急車、消防車、救助工作車、警察車両、消防団車両等14台が直ちに災害現場に集結した。総人員は訓練参加機関と合わせて111名である(表2・図2)。

表2 訓練参加機関(順不同)

長良川鉄道、関市、関警察署、岐阜県防災航空隊、武儀医師会、可茂消防事務組合消防本部、郡上広域行政事務組合消防本部、関市消防団、武儀地区危険物安全協会、岐阜県タクシー協会中濃支部、JA中濃、中濃公設地方卸売市場、あかつき幼稚園


図2 訓練現場図


 傷病者はレールバス内で先着の救急救命士を含む救急隊員により1次トリアージを受け、トリアージタッグをつけられるとともに頸椎の固定や大出血の止血等最低限の処置を受けた。 同時に現場直近に応急救護所が設営され、救助隊員や警察官、消防団員らが協力してトリアージされた傷病者を応急救護所まで搬送し、駆けつけた救急救命士及び医師によって更に2次トリアージを受け、搬送を行った救助隊員らが処置を続けた。
 到着した応援の救急車は他消防本部の救急隊を合わせて4台であり、その救急隊員も応急救護所内でトリアージ担当の救急救命士の指示により処置を行い、更に観察を継続しつつ近くの仮設病院まで搬送を行った。
 当日は応急救護所としてエアーシェルターが用意されていたが、傷病者数が収容可能人数をはるかに上回り、要緊急治療群者が外にあふれてしまった。現場はひどい降雨のため、担架隊はその要緊急治療群者を濡れないようにと救急搬送不要群者のエリアまで運び込み、更に雨よけの為にかけた毛布が傷病者を覆い隠してしまうこことなった。そのため要緊急治療群者が遅くまで搬送されずに取り残されていたり、十分に処置を受けられていなかったりと、応急救護所内は大きく混乱した。
 傷病者は役になりきっており、痛みや刺激を与えられても顔をしかめるだけの者、出血や共同偏視がある者、その他腹壁の板状硬や麻痺を示したり、またショックから不穏状態を示す者等もおり、迫真の演技であった。傷病者の出血創からは心拍に合わせて動脈から模擬血を噴き出させるといった設定もあったため、担架や救急隊が血を浴びてしまったりと事前に何も知らされていなかった参加者らの度肝を抜いた。
 レールバス内からの傷病者救出後、火災が発生したとの想定付与により、消火隊による消火作業が行われた。雨天のため重篤傷病者のヘリ搬送は中止となったが、訓練は予定通り時間内に終了した(図3・4・5・6)。

図3 事故現場 図4 搬送隊とエアシェルター


図5 トリアージチーム 図6 シェルター内開放骨折患者


 訓練の特徴と考察
今回実施した集団災害訓練は、通常よく行われているような、参加者の動きが時間の経過と共にあらかじめ定められていて整然とした救助や処置を見せる、いわゆる「絵に描いた餅」的な展示訓練ではない。実際に突如発生した災害事故に対して、どれだけ適切にトリアージや応急処置ができるのかを参加者自ら体験し、それを評価することによって実際の災害時に対応するための資質を向上させることを目的としている。そのためあらかじめ決まっているのは訓練進行と参加者各自の役割くらいであり、傷病者の詳細、数は勿論、処置内容等参加者は何も知らされていない設定であった。用意した資器材は雨天を予想していなかったため、悪天候による屋外で参加者は傷病者役もろともずぶ濡れの状況下で行われた。

 1次トリアージは現場先着隊の救急救命士らが行ったが、比較的良好に選別されており、トリアージタッグはほぼ予定された区分で取り付けられていた。しかし応急処置については、皆トリアージの観念や優先度を承知していたにもかかわらず、要緊急治療群者が後回しになる場面が多々見られた。その理由はこうである。応急救護所の設営の際、そこで待機した処置者は要緊急治療群者が初めに搬送されると考えていた。ところがトリアージと救出には時間がかかり、その間に歩行できる者が自力で応急救護所に向かったために、当初応急救護所内は軽症の救急搬送不要群者であふれたのである。そしてその処置に追われている間に後着の救助隊や消防団が現場到着し、担架隊の増援により応急救護所には一挙に多くの負傷者が搬送されてくる状態となった。

 応急救護所は救助隊員や消防団員等が入り混じり、処置者はそれまでの負傷者の処置継続と、手当てを早く願い不隠を呈する救急搬送不要群者等に振り回されていた。その結果ショック状態で意識レベルの悪い者等は処置が後回しにされがちであり、特に観察の継続性が実に不十分であった。応急救護所内のトリアージ担当の救急救命士は、指示を出すことだけに専念するはずであったが、処置の不手際等の訂正に追われ、エリア内の傷病者を掌握できるまでには至らなかった。
 頸損等の処置を慎重に要する群において、搬送法や処置内容が問題視されるような例はなかったが、観察が継続されていないために症状の悪化に気づかれない例が多く、全般的に医療面から見た部分の評価でいえば散々たるものであった。

 訓練後、参加した医師から処置やトリアージの継続についての細かい指摘を受け、不適切な処置や観察の手落ちによる症状の悪化があらためて浮き彫りとなった。これにより全員が災害現場での大量傷病者のトリアージと処置がいかに大変であり、かつ初期対応が大切なものかを身をもって経験するとともに、自分たちの観察や応急処置に対する甘さを再認識したのである。
 また、用意されたトリアージタッグについても、選別後は十分に活用されたとはいえず、現場の混乱のため搬送救急隊と傷病者数の把握でさえ不十分であった。記入された項目は少なく、また観察が継続されて記入した部分はほとんど無に近い状態であり、病態把握をするためには不十分なものが多かった。

 今回の訓練では病院は参加していないが、実際には病院での処置が医療面においての大きな位置を占めるため、トリアージタッグに記入されている情報は傷病者の病態把握をするには非常に重要なものである。そのため一番蔑ろにできない部分でもあり、適正なトリアージとその目的を考えるならばタッグの記入方法やそのための観察方法も隊員には周知徹底しなければならない。救急隊員への教育は応急処置の手技にとらわれがちであるが、継続した観察による病態の予測能力や、患者に振り回されることのない冷静な判断こそ集団災害の救急では必要である。

 おわりに
 今回、岐阜県中濃消防組合管内において本格的な集団災害訓練を行った。こういった訓練で現在の自隊の災害時における活動能力を適切に知るためには、参加者が訓練の詳細内容を知らないことが必須条件である。そしてこうした訓練時になされたトリアージの適否や救出方法、並びに応急処置について記録を取り、客観的に評価反省していくことが、実災害の対策は勿論のこと、以後行う集団災害訓練の適正な訓練方針を出すために必要である 3)。もし、今後実際に起こった災害で訓練成果が発揮できなければ、尊い命や今までの訓練は何であったのかということになりかねない。消防機関等が実災害に適切に対応するためには、いつまでも従来のただ見せるための"展示"訓練とその"展示をするための練習"を漫然と行うのではなく、より実践的な訓練を行ってかなければならないのである。

 最後に今回の訓練を実施するにあたり、貴重な戦傷模型を貸していただいた自衛隊病院と御協力いただいた各関係機関の皆様に感謝する。



 文献
1)青野允:集団災害模擬訓練―病院前救護システムと病院との合同訓練―.プレホスピタル・ケア 1995;8(2):13−17.
2)鵜飼卓:災害現場におけるトリアージと問題点.救急医学 1995;10:25−29.
3)杉本侃:救急医療と市民生活.へるす出版,東京,1996,pp10−37.


<本人のプロフィール>

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